ミナミヤモリとヤクヤモリの交雑帯における遺伝子浸透の方向性
外来種によって引き起こされる遺伝子浸透は、純粋な在来種の絶滅につながる可能性があります。しかしながら、交雑を伴う侵入プロセスの理論モデル (中立動態モデル) では、主に在来種から外来種への遺伝子移入が起こることが示唆されています。 在来種に対する交雑の影響を評価するには、遺伝子浸透の方向を明らかにすることが重要です。 九州南部では、広域分布種であるミナミヤモリと、局所分布種であるヤクヤモリがモザイク状の交雑帯を形成しています。 ミナミヤモリが侵略的な性質を持つ場合、中立動態モデルによるミナミヤモリへの遺伝子浸透が起こると予測される一方、以前の研究によって示唆されているヤクヤモリのメスの不完全な種認識を考えると、逆のヤクヤモリへの遺伝子浸透が予測されます。そこで私たちは、 九州南部の12地点で2種を採集し、マイクロサテライトとミトコンドリアDNAの遺伝マーカーを用いて遺伝子浸透や交雑の方向性を調べ、約20年前の先行研究と比較しました。その結果、ミナミヤモリが分布範囲を拡大し、雑種やヤクヤモリと置き換わる傾向があることが示されました。また、遺伝子浸透はミナミヤモリの方向へ偏っていた一方で、親種間の交雑は両方向に生じており、顕著な方向性は見られませんでした。 これらの結果は、これら2種の交雑の進行が中立動態モデルに従っていることを示しており、ヤクヤモリへの遺伝子浸透の影響は限定的であると考えられます。
【関連論文】
Okamoto K., Tominaga A. & Toda M. 2024. Demographic imbalance in the hybrid zone led to asymmetric gene flow between two closely related geckos, Gekko hokouensis and Gekko yakuensis (Squamata: Gekkonidae). Biological Journal of the Linnean Society 141(1): 118–132. LINK
ミナミヤモリによるギンネムキジラミの甘露の採餌行動
ヤモリ類は昆虫を中心にした動物食の種がほとんどですが、一部の種は半翅目の仲間が分泌する甘露を採餌することが知られています。ヤモリ属のミナミヤモリでは、これまで昆虫などの無脊椎動物やキノボリトカゲの捕食しか報告されていませんでした。今回、西表島でミナミヤモリの調査を行なっていた際に、半翅目の1種であるギンネムキジラミの甘露を、ミナミヤモリが舐めているところを観察しました。これは、ヤモリ属による甘露の採餌行動の初記録となります。このような甘露舐め行動がミナミヤモリやヤモリ属に一般的なものかは不明であり、追加観察が望まれます。
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【関連論文】
Okamoto K. & Jono T. 2023. Feeding behaviour on honeydew excreted by the Leucaena Psyllid, Heteropsylla cubana, by the Hokou Gecko, Gekko hokouensis Pope, 1928, on Iriomote Island, Ryukyu Archipelago, Japan. Herpetology Notes 16: 619–621. LINK
九州および周辺島嶼におけるヤモリ属の分布調査
ヤモリ類は極めて人に近い場所に生息するために、人の手によって分散しやすいという特徴があります。それによって、特に九州では複数のヤモリ属が分布を接しており、複雑にからみあったモザイク状の分布をしています。これらの接触域では種間交雑も確認されており、遺伝子汚染が生じうるというマイナスの側面もありますが、同時に種の維持機構である生殖隔離機構について調べられるというプラスの側面もあります。どちらの側面からみても、ヤモリ属の現在の分布状況を調査し、記録することは重要だと考えられます。私たちは、これまで特に九州とその周辺の島々(屋久島、種子島、甑島列島など)で分布調査を行ってきており、外来のヤモリが新たに侵入していることや、分布を広げている地域もあることを明らかにしてきました。現在、そのような地域から収集したサンプルの遺伝子解析を進めているところです。
【関連論文】
・岡本康汰・戸田守.2022.鹿児島県におけるヤモリ属の分布および接触域における交雑について.九州両生爬虫類研究会誌 (13): 53–59.
・岡本康汰・戸田守.2018.ミナミヤモリの種子島からの記録.Akamata (28): 21–28.
・岡本康汰・大田和朋紀・戸田守・城野哲平.2017.甑島列島のヤモリ相と同列島からのニホンヤモリの初記録.爬虫両棲類学会報 2017(1): 43–47.
ヤモリ属の種間交雑を評価するための遺伝子マーカーの開発
日本固有種であるヤクヤモリとタワヤモリは、それぞれミナミヤモリ、ニホンヤモリと交雑することが知られています。また、戻し交雑も知られていることから、遺伝子浸透による純系個体群の消滅が危惧されています。これらの詳細な交雑状況を調べるためには、安価かつ安定して利用できる遺伝子マーカーが必要です。そこで私たちは、次世代シーケンサーを活用してマイクロサテライト遺伝子座のマーカーを開発しました。上記の4種を用いてPCR増幅の安定性と各遺伝子座における対立遺伝子の種特異性を検討した結果、22遺伝子座が2種以上でほぼ安定した増幅を示しました。さらに、ミナミヤモリ・ヤクヤモリ間とニホンヤモリ・タワヤモリ間では、どちらも14遺伝子座で完全もしくはほぼ完全な対立遺伝子の置換があることを確認しました。これらのマーカーを活用することで、上記の種間における交雑状況の評価が比較的容易になると期待されます。
【関連論文】
Okamoto K., Kurita T., Nagano M., Sato Y., Aoyama H., Saitoh S., Shinzato N. & Toda M. 2020. Development of 22 microsatellite markers for assessing hybridization in the genus Gekko (Squamata: Gekkonidae). Current Herpetology 39(1): 66–74. LINK
ホオグロヤモリのトカラ諸島宝島への移入
ホオグロヤモリは全世界の熱帯・亜熱帯に分布するヤモリで、日本では奄美諸島以南の南西諸島と小笠原諸島に分布しています。南西諸島の本種の集団は人為的な移入に由来すると考えられており、長らく奄美諸島の徳之島が同地域における分布の北限でした。しかしながら、近年、奄美大島や喜界島でも定着が確認され、その後奄美大島では分布を拡大していました。奄美諸島の北に位置するトカラ諸島の宝島と小島には、両島に固有のタカラヤモリが分布しており、ホオグロヤモリが侵入した場合に負の影響を受けることが懸念されています。そのような状況の中、私たちが2017年6月に宝島で野外調査を行ったところ、ホオグロヤモリ2個体が採集され、同島への侵入がはじめて確認されました。
2017年の時点では、ホオグロヤモリが定着しているかどうかを確定することはできませんでしたが、島嶼にホオグロヤモリが定着した場合は他種のヤモリが排除される例が知られているため、今後も監視を続ける必要があります。
【関連論文】
岡本康汰・城野哲平・太田英利・戸田守.2017.ホオグロヤモリのトカラ諸島宝島からの初記録.Akamata (27): 47–51.